姫路城

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先日、姫路に行く用事があり、昼飯時間を返上、姫路城を見学しました。

現在の建物は1601年に着工、8年かけて完成・・・現在は400年程度経過しているとのこと・・・・

まあ、軍事施設なので、当時の最高のハイテクの粋を集め、お金も時間もたっぷり使って造った施設なので、今、僕らがやっている木造住宅と比較するのは、ナンなんですが、この時代、大工の木造技術が、ほぼ完成されていたことがこの写真からも推察されますネ。

勿論、400年の間、何度も大規模なメンテナンスがされているでしょうし、国宝ともなれば、費用対効果は考えなくても良いワケで、単純に評価すべきではないでしょうが、僕らの先人は凄い技術を持っていたことだけは、間違いなさそうです・・・400年ともなれば、何度も巨大な地震や、台風の直撃なんかも経験していることでしょうし・・・

今後、石油や食べ物が、世界中で争奪戦が始まり、全てを輸入に頼れない時代が近づきつつあります。建物について云えば、寿命60年と云われるコンクリートの依存から脱却すべき時期じゃないでしょうか。かつて、これだけの技術-「お手本」がある国です。林業や制度を含め、かつての木造技術の再評価や研究が、一番の国策と思うのですが・・・

山田の記事でした。

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スキップフロアー

12月2日の日曜日に、甲子園で「いい家塾」の完成見学会を行います。この住宅の特徴について書いて、簡単に書いてみたいと思います。

この住宅の敷地は約30坪。当然、道路面以外は家が迫ってきてます。採光、通風を良くし、且つ、部屋はそこそこ広く・・・・車も1台、出来たら来客用にもう1台、自転車は5台分確保したい・・・・等々が前提条件でした。

3階建てを前提に考える中で、とっておきの秘策、スキップフロアー型住宅に挑戦しました。スキップフロアー、直訳すれば「跳ね飛び床」?!階段の途中の踊り場を利用し、1階と2階の間に中2階レベルを設ける手法です。最大のメリットは、階段と廊下が兼用が可能なこと。限られた敷地の中で広い部屋を確保する為には、極力、廊下部分の面積を減らさねばなりません。今回は、ほぼ0になりました。更に、この形式のメリットは、階段を少しづつ上がったり降りたりするので、階段の上り降りの行為があまり苦痛にならないことがあります。(東急ハンズがこの方式、スキップフロアーを取り入れてるのは、このような理由からと思います。)

逆にデメリットとして上げられるのは、将来、エレベーターを付けても、全ての部屋にアクセス出来ない、階段周りの構造が複雑で設計に手間が掛かる、施工もしにくい、等々でしょうか。

このタイプの元祖は、70年代、東京の青山に建てられた、東孝光さん設計の「塔の家」があります。確か、土地が15坪ぐらいで、階段室に住んでいるような家でしたが、内部の空間の豊かさに、当時、驚愕したものです。(自慢じゃないですが、東先生にお願いして、実際、見せて貰ったことがあります・・・)   この「塔の家」に比べれば、今回の設計は非常に簡単なのですが、それでも大変でしたネ・・・特に構造計算が一筋縄でいかず、加えて、確認申請の改正の混乱にも巻き込まれ、着工が1月半ほど遅れたり・・・と完成まで気の抜けない物件でした。

何とか、見学会まで漕ぎ着けたワケですが、スキップフロアー以外にも多くの工夫を凝らした設計になってます。クドクド書いても、実物を見ないことには、ワケがワカンナイと思います・・・是非、この機会に多くの方に見学して戴き、イロイロな意見を戴ければと思います。

尚、この見学会の詳細は、事務局までお問い合わせ下さい。

山田の記事でした。

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黒川紀章

事務所のPCが潰れてしまい、久しくお休みしていました・・・ボチボチ再開します。

今年、建築家として多くの話題を提供した、故黒川記章サンについて。20数年前、大学に入学し、建築概論的な講義の一発目が、知ってる建築家を3人書け・・・と言う質問でした。数ヶ月前まで高校生していた連中には酷な質問なのですが、1人目に黒川、2人目に清家清と書いたと記憶してます。3人目は・・・多分、丹下健三だったかな・・・まあ2人だけは鮮明に覚えてます。 多分、現在の新入生に同じ質問をしても、多分、黒川紀章は出てくるんだろうナ・・・

まあ、安物の新聞のコラムではないんで、建築評論家ぶって、アレコレ書く気はないのですが、建築設計などと云うジミーでモウカラン仕事をする人間を、高校生まで知っている「事実」はある意味凄い事であると思います。そして、当時、私が名前だけ知っていた「清家清」は当時、某インスタントコーヒーの宣伝キャラクターで、まあ、妥当な線でしょうか・・・

彼の功罪の中で、罪側としては、設計が儲かるイメージでしょうか?彼は彼なりに努力した訳で、お金儲けしたことにケチを付ける気は毛頭ありませんが、一般的な設計者とはかけ離れたイメージをマスコミが面白おかしく書き立てる・・・まあ、僕らの生活や実態では視聴率や新聞購買契約が取れるようなタマが全く無いのですが・・・

TV、新聞依存型社会から脱却する為の情報手段・・・インターネットを含め、僕らは新しい手法を発明しなければならない時代に生きていると思う今日この頃です・・・

山田の記事でした。

              

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NHKの取材を受けました

先日、NHKの取材を受けました。テーマは「エアコンに依存しない生活。」

自宅でインタビューを受けたのですが、先週、自宅にカメラが入り、明日の夕方の番組で放送されるようです・・・・

番組名/「もっともっと関西」 夕方 5時15分~6時 (NHK大阪版)

マンションの改装物件ですが、お時間があれば、見て戴ければと思います。下のチビも出演予定です・・・

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猛暑

山田です。PCの調子が悪く、ここ暫く、担当記事をお休みしていました。

昨日、猛暑の日本記録が更新されたようですが、大阪も37~38度と、ほぼ体温と同じ最高気温だったようです・・・打ち合わせに行く道中での体感温度は、軽く40度を越してました・・・この時期、現場の職人さん達には、本当に頭が下がります。しかし、このような現象が、地球温暖化の影響かな?と思うと、逆に、背筋は寒くなります・・・

さて、昨年、全面改修をした自邸の夏のレポートです。昨晩は、さすがに夜の寝着き際に、1時間、エアコンを使用しました。改修前は、昨日のような状況であれば、ほぼ24時間かけていたと思います。

昼間は、室内も33度ぐらいまで上がったようですが、湿度が35-40%、風が結構あったようで、昼間はエアコンを使わずに済んだようです。夜に入ってからは室温31度、湿度は40%で、家に吹き込む風が心地良かったです。寝る段になったのですが、我が家は、床に布団を敷いて寝ます。ところが、床の杉板が夜中まで32-3度のまま・・・木材はコンクリートほどでは無いですが、結構、蓄熱するのです。(おまけに。床下には断熱材が全面に敷き込まれています。)

仕方なく、窓を全面締め切り、1時間だけエアコンで部屋全体を冷ますことに・・・

無事、家族が寝ついた後、深夜の2時過ぎまで起きていたのですが、その頃には外気温も28度前後。早速、窓を開け、就寝。寝苦しさも無く、快適な朝を迎えました。

断熱性能を上げると、夏はトンでもなく暑くなるイメージがありますが、実際は、コンクリートや木材が昼間に抱え込む輻射熱が大敵で、空気温が問題で無いことを実感します。つまり、風が適度に抜け、湿度が低めに押さえてあれば、33度でも、家族4人、室内で熱射病にはならない・・・今回は人体実験の結果報告です。(水分補給は必要でしたが・・・)

山田の記事でした。

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先週の土曜日、建築基準法の改正(悪?)に伴うゴタゴタに巻き込まれ、やっとのことで着工したY邸の話題です。

本日、現場は基礎の鉄筋の組立てが行われ、今日中には完了とのこと。梅雨入りで、雨での遅れが心配だったのですが、空梅雨で、思った以上に順調です。もっとも、農家の方は大変ですし、夏場の水不足も心配です・・・・

水に纏わる話題として、今回の敷地から井戸の跡が出土しました。幸い、建物の構造や隣家に影響しない位置だったので、大きな問題にはならない状況です。ちゃんと、通気管も設置され、土の陥没もなさそうなので、お施主さんには、いざとなれば、この位置を掘れば井戸水が使えるヨ、などと話しをしてました・・・さすがに、井戸の御払いがされているか?は判断がつきません・・・・

結局、来週辺りに、地鎮祭をして戴いた神主さんを呼ぼうか?と云うことに・・・「水」を大切にする伝統文化は、現代にも継承されているようです。以前、水にイロイロな言葉を掛け、結晶させると、良い言葉であれば、綺麗な結晶が出来る・・・の写真集を買ったことがあります。自分で実験した訳では無いので、真実は解かりませんが、水には、現代人の化学や物理学の想像を、遥かに超えた存在と思ってます・・・・

水を尊ぶ、お施主さんの姿勢に、今日も学ぶことの出来た1日でした。

山田の記事でした。

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自転車生活

昨年、車を廃車にし、自転車生活を始めています。まあ、健康にも良いし、何より毎日、自然を感じています。今日は雨に祟られたり・・・

何を隠そう、学生時代は自転車部で、暇があれば京都周辺、北山、滋賀県辺りも日帰りの行動範囲でした。当時の北山について・・・

京都の北山と云えば、北山杉です。当時、木材のことは全く知らない私でしたが、北山の林道を自転車で登ったり、下りたりしてました。その中で、他ではは考えられない程手入れされた、杉の森の風景が印象的でしたネ。冬、雪の中を若気の至りで花背峠にチャレンジした時は・・・寒さと疲れでフラフラになり、峠の辺りで炭焼き小屋を見つけ、おっちゃんが振舞ってくれた、アツアツのインスタントコーヒー・・・そうです、山では普通に炭焼きが普通に行われていた時代でした。

今は、ごちゃごちゃした大阪市内を、シロアリのように自転車で走り廻ってますが、少し余裕が出来たら、学生時代のように、森のある場所まで遠出をしたい・・・出来れば、息子でも連れて、花背峠に訪れたいナなどと思う今日です。今でも、あの時の炭焼き小屋は残っているのだろうか・・・

山田の記事でした。

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欄間

前回に続き、自宅のリフォームの話題で・・・

かつての日本の家屋では、部屋と部屋が襖で仕切られてましたが、必ず、建具の上部は欄間が設けられてました。高温多湿のこの国においては、湿度のコントロールこそが、住宅の快適性の獲得だったと思います。そして、この欄間と云う装置は、湿度のコントロールに重要な役目を果たしていたのです。

部屋を閉め切れば、襖といえども風は流れません。ところが、欄間に空気が行き来することで、部屋にこもる湿気を薄め、窓からの通風を利用することで、視覚的なプライバシーを守りながら、湿気のコントロールが可能だったのです。もっとも、防音機能は全く期待できませんが、音よりも、湿度のコントロールを望んだのでしょう・・・

ヨーロッパなどの国は、湿度が日本ほど過酷では無いことから、防音、調湿、断熱にバランスのとれたレンガが発明され、広く普及したと思ってます。しかし、日本では、防音の必要な部屋は別棟とし、四方を土壁に囲まれた「茶室」などと云う空間装置を発明し、密談、密会などをしたのでしょうか・・・

さて、私の家ですが、密談、密会機能は全く不要です。目指すはコンクリートに囲まれた空間で、いかに快適に過ごすか?でした。湿度のコントロールに有利なセルローズファイバー断熱材や調湿性能を持つ内装材に加え、欄間的空間を確保することで、窓が三つしか無いマンションであっても自然の風の流れを作り、エアコン機械に依存しない生活が可能になりました。09440002 僕らは、先人の知恵を生かし、次の時代に引き渡す義務があると考えてます・・・

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土間玄関

「いい家塾」の「100年住宅」「コンクリートストレス排除」に参加しながら、実は、ハセコー設計・施工のマンション暮らしです。世間で言う所の「紺屋の白袴・・・」状態でしょうか。とは云え、私も設計屋の端クレ、インフィルについては、昨年、晴れて胸を張れる内容に改装しました。

見所ポイントは幾つかありますが、今回は玄関について・・・

僕の住宅では、約2,5帖程度の土間的な玄関を採用しました。先週の日曜日は、ここで、自転車の修理をしてました。今までは、このテの作業は、マンションの共用廊下を利用していたのですが、近所さんの通行の邪魔であったり、冬は寒かったりで、「土間玄関」の確保は、長年の夢でした。更に、一時期、家族が車椅子を使わざるを得ない時期があったのですが、非常に重宝しました。(共用廊下での私物の放置禁止にきびしい管理組合ですし、盗難防止にも有効でした。)

仕上げはコンクリートスラブそのまま仕上げのつもりでしたが、さすがに家族の大反対をくらい、唯一の新建材の、ビニール系シートを張ってます。

何故、土間玄関の話しを持ち出したか?と云いますと、先回、7期の最終講でのワークショップで、参加者、それも複数の方から、土間玄関を夢に描いておられました。10年前であれば、「土間玄関」を提案しても「土間」=古臭い、暗い、マイナスイメージで思われる方が多く、「玄関」的に相応しく無い・・・などとケチがつき、諦めてしまう時期が・・・ ところが、一般の消費者が、この空間の有効性に気付き始めてます。確実に、価値観が変化してきているのです。

山田の記事でした。

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地鎮祭

 塾長の釜中さんに、このテーマで、先に書かれてしまいましたが、(28日に書かなかったおまえが悪い!!! とお叱りの声が聞こえますが・・・)しつこく書いてみます。

 当日の「奇跡的」な天気の話しは塾長の記事を読んで頂き、僕はこのナラワシについて。

 「地鎮祭」でググってみますと、歴史から、当日の手順、必要経費等、出るわ出るわで、ネット社会の凄さを感じます。今回は、近くの西宮神社さんから来て戴いたのですが、さすがに大手!?で、卒なく、且つ、神聖な式が粛々と行われました・・・歴史的には、持統天皇の時代には存在したようで、現在のようなスタイルが庶民に一般化されたのは、江戸時代の後半だそうです。更に、敷地の四角に、塩やお米(今回は細かく裁断した紙でした。)を蒔いて清める行為は、「節分の豆撒き」にあやかっているようで、遠く、古代のギリシャやローマでも、悪霊払いとして、豆を蒔く習慣があったとか・・・・                        僕は、桜吹雪にあやかっているのかな?と勝手に思い込んでましたが、違っていたようです・・・まあ、豆知識としてご活用して下さい。

 更に、キリスト教式や仏式、天理教式等、も存在するようです。昔、山口県で仕事をした時は、神仏融合的な式で、お経らしきものが浪々と読まれ、びっくりしたことを思い出しました・・・この時は、上棟式の時はお金(5円玉だったかとおもいますが)を入れたお餅を、お施主さんや監督さん、棟梁さんなどとと一緒に撒きましたネ。 

 ともあれ、その土地や家族に由来する神様、或いは神的な存在の方に、現地まで来て頂き、工事の安全や天災、そして完成した家やその家族の無病息災を、関係者全員でお願いする儀式であり、 設計者として、このような機会に参加することに恵まれることは、幸せであると同時に、責任の大きさに身の引き締まる思いです・・・

 地鎮祭の儀式を期に、先頭の牽引車は工務店さんにバトンタッチとなりますが、補助機関車の役割として、今回の「難関峠」の頂上を目指し、秋口の、無事に入居したYさん御家族の笑顔が目標です。

 山田の記事でした。

  

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